日本では、高齢化はますます進み、2025年には70歳以上が保有する金融資産が全体の4割に達すると言われています。認知症患者の保有する金融資産の額は、将来的に200兆円を超すと試算。金融庁は2020年8月に銀行業界に対して顧客への対応の指針を作成するよう求めています。
預金引き出しルールが変わる?!
全国銀行協会は2021年2月18日、判断能力が低下している預金者本人に代わって、医療費など本人の利益が明らかな使途について親族が代わりに引き出せるとの考え方を示し、意思判断能力が低下した物が持つ預金の引き出しに関する指針を正式に発表しました。
内容を要約すると、
・意思判断能力が低下した高齢者名義の金融取引を行う際、基本は成年後見制度を利用
・親族などからの銀行取引が認められる可能性もでてきた
・本人より委任を受けた代理人による取引を認める
ということが示されています。とくに注目すべきは2項目です。原文には
「 判断能力を喪失する以前であれば本人が支払っていたであろう本人の 医療費等の支払い手続きを親族等が代わりにする行為など、本人の利益に 適合することが明らかである場合に限り、依頼に応じることが考えられる」と記載されています。
つまり、今まで、意思判断能力がない人が名義人になっている銀行口座からは、成年後見制度を利用しないとお金が引き出せなかったのですが、家族が直接引き出せる可能性がでてきた、ということです。
注意すべきは、すべての銀行で一律の対応をするわけではない、ということ。A銀行では、親族がお金を引き出せるのに、B銀行では、引き出せないということがあるので、注意しましょう。
預金の引き出し目的だけのスポット利用はNG!成年後見人制度の落とし穴
銀行協会による預金引き出しのルールにより、判断能力が低下している人名義の預金は、成年後見制度を利用しないと引き出せなかっため、今までは「預金の管理・解約」が目的で、成年後見制度を利用する人が大半です。金融機関は現在でもお金を引き出す際には、成年後見制度の利用を勧めています。しかし、意思判断能力がなくなってしまった人の名義になっている銀行口座からお金を引き出そうと思ったときに、成年後見制度を利用すればよいと安易に考えてしまうのは非常に危険だと思います。
成年後見はすべての財産について、本人が亡くなるまで続き、預金の引き出し“だけ”というような、スポット運用はNGだからです。成年後見人、つまり、弁護士や社会福祉士などの専門職後見人が、いったん財産管理に関与することになったら、途中でやめることはできず、本人が亡くなるまで続きます。当然、後見人に対する報酬(月2万~6万円が相場)も本人が亡くなるまで発生し続きます。
これは、財産から後見人報酬が流出し続け、財産の主導権が家族から専門家に移ることを意味します。家族が「お金が足りないから自宅を売却したい」などと思っても、成年後見人と考え方が違ったら、すんなり売却するのは難しくなります。
貯金からの資金確保だけで認知症対策はできない
今回の新しい制度により、緊急切迫した際に資金を引き出せることはできるかもしれません。しかし、「自宅を売却して資金を確保したい」「孫の学費を贈与したい」「資産の組み換えをして税負担を軽減したい」という場合は、今回の制度だけでは対応できません。また、「預金を身内が使い込んでしまった」「財産の分け方を生前決められなかったため相続で揉めてしまった」という問題は、回避することが不可能です。
柔軟に財産の管理ができるように元気なうちに『遺言』や『家族信託』『生前贈与』などの方法を併用することをおすすめします。
コラム執筆:吉井希宥美(ヨシイマユミ)
不動産コンサルティング会社
「オフィスヨシイ」主宰。
宅地建物取引士、AFP、相続実務士®、家族信託コーディネーター®の資格を所持。
フリーライターとして13年活動したのち、住宅関係に関わりたいと不動産会社に就職し、用地開発、売買、賃貸、物件管理など、多岐のジャンルにわたり、不動産実務を経験。ライター時代に培った「ヒアリング力」でお客様の本音を聞きだし、その人にとって、理想の住まい探しをお手伝いしています。ウェブでは過去のスキルを活かし、分かりやすく、役に立つ記事を執筆。
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